| チリモヤ
皆さんはチリモヤというフルーツをご存知でしょうか?学術名をAnnona
cherimolaというこのペルーを原産とするトロピカルフルーツは、このプロジェクトでも活躍しています。
調整員として派遣されていた2004年の10月、私は事業地の一つであるオマス村で、育苗に使うチリモヤの種を現地事務所の職員であるイヴァンと一緒に拾い集めていました。すでに収穫のシーズンは過ぎていて、木に残っている半分干からびた実を苦労して捜していました。味わうことが出来なくて残念だなという僕に、イヴァンはどこからか残っていた実を見つけてきました。味わってみたところ、カルピスに酸味を加えたような美味でした。イヴァンに感謝しつつ夢中で食べていたのですが、種を取らなければいけないことを思い出し一つつまんでみると、何やら白い米粒みたいなものがくっついて来て、しかもうごめいています。どう見ても蛆にしか見えなく、イヴァンに訊くとやはり「蛆だね」と。どこで見つけたか問い詰めると、地面に落ちていたと白状し、まさか本当に食べるとは思わなかったと付け加えました。おそらく気づかずに数匹食べたと思います。チリモヤの果実しか食べていないので汚くはないだろうけれど、そりゃないよ。
フヒモリ
事業地の村へ行くと、よく村人に「フヒモリは元気か?」と訊かれます。フヒモリとはペルーの元大統領のフジモリ氏のことです。彼の在任中はゲリラ対策ということもあるのでしょうが、農村への支援がかなりの規模で行われていました(日本のODAもかなり入ったようです)。彼がペルーを去って5年程が経ちますが、村人たちは今でも私たちのように農村開発に関わる日本人を見ると彼に関係する者だと想像するのです。さすがに3年間の活動を終えようとしているアシア谷ではフヒモリコールも冗談ですが、ペルーの農村全般におけるフヒモリ待望の機運は強く、来年の大統領選挙の不確定要素となっています。
しかし、(ペルーの政治的駆け引きは置いておいて)彼らの生活向上を考えると、このフヒモリ待望論に代表される「開発は外からやってくる」という態度は好ましいものではありません。現地政府によるばら撒き型の開発政策は、中南米でよく見られるポピュリズムの主要素ですが、この政治風土と農村の停滞は無関係でないと個人的に思います。持続的な開発にはなによりもまず人々が自助の態度を身につけることが不可欠ではないでしょうか。
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