Galle地区は、収入源となる珊瑚礁を乱獲したために、消波作用を失い、被害が大きくなったと言われている。
津波後は海岸付近の砂が流され、波が道路まで届くようになってしまった。右の写真は、陸に打ち上げられ、破損した漁船。この地域の主要産業である漁業も、壊滅的な打撃を受けた。仕事の道具を失い、家を失った人々は、漁を再開する目処が立たない状況にある。また、被害を受けた人々の多くは、海岸沿いに住んでいた漁家であった。
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テント生活が2ヶ月を過ぎ、避難生活が長期化するに連れ、人間関係の面で摩擦が出ているという話を多くの人から聞いた。 |

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避難地区のいくつかは海に近く、テントはちょっとでも波が高くなると浸水してしまうような所に設置してある。これから雨期に入るため、早急な対応が望まれる。
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前の晩の雨で夜中にテントが浸水したため、家の再建補助を始めとした援助に対する政府の対応の遅さを訴えるためにデモをしていた人々。女性が掲げている紙には「支援は我々の元に」とシンハラ語で書かれている。
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寺院の一角でテント生活をしている人々へのインタビュー風景。最初は寺院が場所を提供したのだが、物資供給のことで揉め、現在は立ち退きを迫られているという。ここの避難地区は幹線道路から離れているため、他地区と比べると物資援助をあまり受けていないという。
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C.W.W.Kannanngaara
Vidyalaya学校の訪問。12月27日には破壊された校舎の片づけを始め、1月10日から授業を再開した。津波後は子供たちとの対話を増やし、ゲームやダンスをよく行うようにし、生徒の心のケアを重視しているという。 |

波で壊された校舎(左)の再建が、海岸から100mの緩衝帯を避けて、敷地内の内陸側で始まっている(右)。来年度には規模を拡大し、中学校も始める予定だという。
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身体障害者施設
Sambodhi Homeの訪問。津波当時施設にいた入寮者の約半数の40名が亡くなったが、残った人々は、体が不自由ながらも柱にしがみついて助かったという。
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3月10日に行ったワークショップ。35名が寺院に集まった。一見すると明るく気丈なのだが、 自己紹介が始まると被災時を思い出さざるを得ず、声を詰まらせる人が多かった。
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「津波からの自分自身の回復」、「コミュニティーの復興計画」、「必要とする支援」をテーマに、グループに別れて話し合い、それぞれの考えをカードに記した。
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ワークショップの進行は、現地スタッフのPuthruka
Moorusinghe氏とICA文化事業協会の佐藤静代氏が行った。 この数ヶ月で調査に来る外国人に数多く会っているものの、実際の活動には至らない、あるいは活動では会わないことがあり、現地の人達はしっかり活動をするのかどうか、疑いを持ちやすくなっている、とPuthrika氏は言っていた。
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経済基盤の再構築、地域の繋がり強化などの意見が出た。出た案はもちろん貴重だが、このような形式の話し合いを通してお互いの意見を知り、共通見解を得たことに、安心感を抱いたという声が上がった。
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