ICAジャパンのあゆみ   Brief Intro to History

 

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ICAの活動( 2015年~2018年)
地域ー福島、インド、ネパール
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ICAJの活動(2015年~2018年)
地域:コートジボワール、ケニア、岐阜(日本)、ICAJセミナー
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(特活)ICA文化事業協会の紹介

2018年3月7日

 

佐藤静代

 

 ICAの前身であるエキュメニカル・インスティチュート(EI)は、1953 年ごろから、米国のオースティン大学のキャンパスで、ジョー・マセユー博士を中心に、学生達にセミナー(Fath and Life)を教授した。10 年間にわたり行われたセミナーは学生たちに多大な影響を与え、1963年に、アメリカの最も貧困地域であったシカゴ5番街で、自分が学んだ手法を生かそうと人間開発プロジェクトを実施した。10年間に及ぶ人間開発プロジェクトは、黒人と白人の共同事業へと発展し、スラム街が一変した。その経験を元に、若者達は、世界へとボランティアを目指して駆け出した。その時にEIからICA に名前が変わった。『ICA文化事業協会』は、24カ国で活動を行なった。そこで使われた手法は、人間開発手法と言われた。中でも住民懇談会(タウンミーティング)、および LENS(効果的なリーダーシップと新しい戦略) は地域開発組織変革の手法として、広く適応された。

 

1964年代の世界を振り返ると、アメリカがベトナム戦争に本格的に参入した時で、その戦争に参加し、帰国した人々は、平和とは何か、人間とは何か、自分はなんのために生きているのかなど、様々な問いを持って、それぞれの人生を歩み、自由で、前向きな人生の思考方法について人々は模索した。

 

 1968年代に北朝鮮が米海軍の情報収集艦を拿捕するなど、世界情勢は不安であった。キング牧師(Marther King Jr.)や大統領(Robert F. Kennedy)が暗殺されたのもこの年である。米ソの冷戦が激しさを増し、赤狩りが行われた。良かった点では、宇宙飛行士(Neil Armstrong氏)が月面着立に成功したこと、煙感知器の発売で火事が大幅に減少したことが挙げられる。

 

  日本では、1964年に東京オリンピックが開催され、新幹線も開通した。人々は変化に敏速に対応し、実践においても創造力を活かす手法や、自由に表現できるグループ・ディスカッション等が受け入れられた。LENS手法は、プロセスがオープンで、透明性があり、ダイナミックな点で注目を集め、当時の日本に素早く普及し、企業や地域がワークショップやセミナーで使うようになった。

 

 1974年代の世界は、貧困が蔓延していた。そのような時に個人でも所有出来る小型で、安いコンピューターが出現した。これが情報化時代の幕開けとなった。それまでのコンピューターは、巨大で、高額で、一般の人が持てるものではなかった。世界の情勢では、長かったベトナム戦争が1975年に終了し、人々は平和な社会を求め、そのために世界を変革しようと母国を後に旅立つ若者が増えていった。自分を変革する旅でもあった。

 

 1970年代のICAジャパンは、神戸、福岡、東京、北海道の4ヶ所にICA事務所があり、それぞれスタッフは、学生寮をシェアハウスとして、多国籍の人々が住んでいた。 男女平等なライフスタイルで、仕事をシェアしながら、自分たちが開発したファシリテーションコースを社会で実践した。北海道では、外国から来たボランティアと日本人が大夕張に住み、夕張の炭鉱閉山後のまちづくり計画に参画した。その後、大夕張にダム建設の計画が持ち上がり、水没するので、立ち退きを命ぜられ、ICAは札幌に本拠地を移した。当時のICAインターナショナルの事務局はベルギーにあった。

 

 1989年にベルリンの壁が崩壊し、ゴルパチョフが登場しソ連が崩壊したことで、冷戦が緩和され、東欧の民主化が進んだ時代である。1981年にIBMのPCにパーソナルコンピューターが登場し世界的に普及した。日本は1985年ごろから、バブル景気に入り、株価も上昇し、高級ブランドが勢いを増した時代で、新しい考えの手法も広く受け入れられた。

 

 ICAでは、1984年に、それまで米国を中心に活動をしていたICAのボランティア体制を切り替え、各国が独立採算性で運営することを決断しました。アメリカのリーダーシップの時代が終了したのです。日本も自立運営を図って行かなければなりませんでした。1982年に任意団体として理事会を結成しました。 ICAジャパンは、1989年に植林活動をフィリッピンで行っています。

 

 1991年になると、日本のバルブが弾け、株価と不動産の暴落で、倒産が相次いた。その後の10年は、苦しい財務再建に追われた。これらの経験から、人々はこれまでの物質中心から、社会倫理や人間の意識の変革を重要視するようになった。さらに1992年に、日本外務省のODA大綱の重点項目に、貧困削減、地球規模の問題解決、平和構築、持続的成長等が取り上げられ、日本のNGOが活躍できる舞台ができた。そのため途上国の支援活動をするNGOが増えた。1996年の阪神大震災で、ボランティア活動に対する価値が高まった。1995年にWindows が大ヒットし、携帯電話が普及し始めた。

 

 1990年代のICAジャパンは、政府や企業の支援を得て、様々な途上国の支援活動を行なった。世界には195ケ国あるが、当時150カ国以上が開発途上国と呼ばれていた。開発途上国の多くは貧困、紛争、感染症の蔓延、環境汚染といった問題を抱え、世界規模で人々の生活を脅かしている。地球全体の問題として、NPO、政府、企業が一体となって、問題に取り組む時代になったのである。

 

 ICAジャパンの国内活動も活発化し、地方自治体の企画に賛同して、住民参加のまちづくりを実施した。日本社会でもようやく、NGOの活躍が注目されるようになり、NGO同士の協力体制が出来、政府と支援について改善策を模索した。

 

 2001年にアメリカの同時多発テロで幕が開かれ、アフガニスタンでの空爆、2004年のスマトラ沖地震、アメリカのハリケーンなど自然災害が相次いでいます。アジアでは北朝鮮の核開発が強化されはじました。産業界では2008年にはリーマンショックで世界規模で不景気の風がふきあれました。中にはオバマ大統領の当選、日本では鳩山内閣が誕生しました。スポーツ界では日本人の石川ゴルファー、野球一郎選手の活躍が目立ちました。

 

 ICAジャパンは、2005年にJICAとの連携が始まり、国際協力事業が飛躍した時期代である。2008年にICAジャパンは第7回人間開発グローバル会議を岐阜県の高山で開催した。大変な好評を受けたが、ICAジャパンは会議にかかった費用などの返済に財政面で大きな試練に立たされた。しかし事業は続けられ、これまでの蓄積でなんとか乗り切ることができた。 

 

 2011311日に起きた東北大震災、福島原発事故等により、原発は安全、綺麗、安いという神話が崩れ、今まで当たり前だった価値観がなくなり、何かを単純に信じてられなくなった時代にさしかかった。世界情勢は、2016年のイギリスによるEU離脱宣言、アメリカのトランプ大統領の誕生等により、自国のアイデンティティをより強く主張する傾向になってきました。ICAでも、元来の価値、特徴をより鮮明にして、他との違いを打ち出し、強みを伸ばし、弱みを克服する政策が必要になった。

 

 そこで海外協力が強みのICAは、2016年度から外国人インターンを大勢受け入れ、国内でインターン教育を行った。インターンはオランダ、ドイツ、イタリア、台湾、ネパール、ルーマニア、インドネシア、イラクに加え、日本の大学生・大学院生ICAに来ました。

 

 2017年からは、Meetings that work” "Facilitating Client collaboration”等のセミナーを開発したビル・ステープルス氏をカナダから呼んで、最先端のファシリテーション技術を一般に向けて公開した。ICA は「どんなグループでも、その運営の良し悪しを決めるのは、そこで働く人々のやる気にかかっている」という考えで、グループにやる気を起こさせ、知恵や情報を分かち合い、強い責任感や主動力を持つファシリテーション・スキルを提供するのに、強い意欲を持っている。また Global giving や Gloud Fundingなどのルードで資金源を集める活動も活発化している。

 

  

 ICAの将来展望

 

 社会は、2030年に向けて、すでに第4次産業革命が動き始めている。この産業革命は、生活や働き方、さらには他者との関わり方まで大きな変革をもたらすと言われている。私達の実生活にどのような影響があるのか考えてみなあければならない。

 

「産業革命」の代表的なものとして、第1次-第3次の出来事が出版示されている。

 

・第1次産業革命(18世紀後半—19世紀初頭):蒸気機関による機械化

・第2次産業革命(19世紀後半—20世紀初頭):電力による大量生産化

・第3次産業革命(20世紀後半—21世紀初頭):コンピュータによる生産自動化

・第4次産業革命(21世紀後半— )

 

 第4次産業革命はあらゆるものがインターネットで接続され、デジタル・ネットワークが様々な場面に普及・浸透して産業構造やライフスタイルを変え、「モノ」よりも「サービス」「情報」「アイデア」「ビジネスモデル」「デザイン」等が重要となる。これまで以上に知的財産が価値創造の核心になってくると言われている。今後は益々人と人とのコミュニケーションが大事になり、書類作成技術、交渉力、より良い人間関係、技術のノウハウや、特許等をもつこと等が、成功する能力となっていくとも言われている。

 

 ICAはファシリテーション技術を長年開発してきた。これは第4次産業革命時代に強力な知的財産となるであろう。ICAジャパンは、他国(台湾、カナダ、イギリス、オーストラリア)のファシリテーターと協働して、新たな段階に向けて技術を広めたいと考えている。途上国では「貧困削減」「女性のエンパワーメント」「農村産業基盤整備」事業を継続し、世界が直面する貧困問題の解決に向けて活動する。、国内では上記の「ファシリテーション講座」を開催し、研修プログラムを促進する。ICAの哲学(理念)、価値、原則、ミッションが確認され、それに向けて進めていく。

 

以下はICAがセミナーで指導しているフレーズである。

 

成功する仕事のやり方。

1)仕事にコミットメントし、途中で投げ出さないこと。

2)結果が多少悪くても、それを改善し、学ぶ姿勢を持つこと。

楽しみながらすること、

4)否定的な考えはやめること、

5)良いことを想像しながら実施すること、

6)簡単なことだけではなく、難しいことにも挑戦すること。

7)破壊的な考えは取り除くこと

8)自分の仕事は、他の人には頼らないで、自ら計画を立てて実行すること、

 

9)自分が燃え尽きるようなやり方はしない

 

 2065年には、世界人口が100 億人を突破すると、国連の人口動態で発表されています。人口増加は教育、衛生、食料、環境問題、住宅にも影響し、中でも水不足はより深刻になると言われています。

 

 環境問題を考えると、2020年頃には今より40%以上も綺麗な水が必要になると、国連は予測しています。地球表面の3分の2は水で覆われ、約14 kmの水がありますが、その中で生活に利用できる水資源はわずか0.01%しかありません。地球上の多くの水の約97%は塩分を含む海水で、淡水の多くは氷雪や氷河または地下水であるため、人が利用可能な淡水は0.01%しかありません。この0.01%の淡水も汚染してしまえば利用することができません。水の大切さを考慮する必要があります。

 

 2000 年に制定された、地球憲章の中に、私たちは今、人類が自分たちの未来を選択しなければならないという、地球の歴史 上重大な転換点にさしかかっている。世界がますます相互依存を強め、他からの影響 を受けやすくなるにつれて、未来には大きな希望と同時に、大きな危機が存在してい る。私たちが未来に向かって前進するためには、自分たちは、素晴らしい多様性に満 ちた文化や生物種と共存する、ひとつの人類家族であり、地球共同体の一員であると いうことを認識しなければならない。自然への愛、人権、経済的公正、平和の文化の 上に築かれる持続可能な地球社会を生み出すことに、私たちはこぞって参加しなけれ ばならない。そのためには、地球上で生をいとなむ人間として、私達は互いに、より大 きな生命の共同体に、そして未来世代に対して、責任を負うことを明らかにすることが 必要不可欠である。

 

 最後に現代経営学の発明者であるピーター・ドラッカー氏の言葉を参考までに紹介します。どのような状況になろうとも人間には一つだけ自由が残されている。それはどう行動するかだ。選択肢を前にした若者が応えるべく問題は、正確には「何をしたら良いのかではなく、自分を使って何をしたいか」である。21 世に重要視される唯一のスキルは、新しいものを学ぶスキルである。今更自分を変えようとしてはならない。自分の得意とする仕事のやり方を向上させることに力を入れるべきである。人の卓越性は一つの分野、あるいはわずかの分野に置いてのみ実現されるのである。